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2010年6月7日月曜日

2010年06月04日 09:40 疾走する文体について (内田樹の研究室から転載しています)

疾走する文体について

英文学者の難波江和英さんと同僚として過ごすのもあと一年。
最近はふたりとも学務が忙しいし、難波江さんは長くご両親の介護をされているので、むかしのようにゆっくり遊んでいる暇がない。
そこで、「先生ふたりゼミ」をやることにした。
メディア・コミュニケーション副専攻の第四学期の演習科目がそれである。

これだと週に一度必ず90分間おしゃべりできる。
それも主題限定。言語の問題、それだけである。
きわだった言語感覚をもつこの文学研究者から同僚として影響を受けるこれが最後の機会である。
毎週いろいろなテーマで学生を巻き込んで熱く語り合っている。
何かを学生に教えるというより、私たちが対話をつうじて「発見」していることを学生たちにもリアルタイムで共同経験してもらうというような授業である。

昨日のテーマは「文体は疾走する」。
ドライブする文体と、そうでない文体がある。
すぐれた作家は一行目から「ぐい」と読者の襟首をつかんで、一気に物語内的世界に拉致し去る「力業」を使う。
マトグロッソでNSPJをやっているので、一般のひとたちの書いたショートストーリーを150編ほど読んだ。
素材的には面白いものがたくさんあった。
文章も上手である。

けれども、「一気に読ませる」ものはまれである。
数行読めば、わかる。
書き手の立ち位置が「遠い」のである。
眼に見えるし、声も聞こえるのだが、体温がしない。
息づかいが伝わってこない。
「一気に読ませるもの」では、一行目でいきなり書き手がもう耳元にいる。

え、いつのまに・・・というくらいみごとに「間合いを切って」いる。
つまり、「一行目から話が始まる」のではなく、「もう話は始まっているのだが、それはたまたま私にとっては『一行目』だった」ということである。
「ぐい」と物語世界の中に拉致し去るような力というのは、要するに書き手の構築しているストーリーの世界の「堅牢さ」なのだと思う。
堅牢で、精緻に作り上げられ、そこにずいぶん長く人が住んでいる構築物に固有の堅牢さである。

そういう建物にはいくらでも入り口がある。
正門から入ってもいいし、裏口から入ってもいいし、窓から入ってもいい。
現にそこで暮らしているんだから。
読み手がどこにいようと、世界が堅牢であれば、私たちはたちまち物語の中に入り込むことができる。

「ここから以外には入れません。順路通りに進んでください」というような指示がされると、微妙に「つくりもの」くさく感じる。ベニヤ板にペンキを塗ったものを並べたものを見せられているのではないかというような気がしてくる。

疾走感のある文体とはどういうものか。
それについて六冊の本の冒頭部分を読んだ。

最初は高橋源一郎『「悪」と戦う』(2010)。
これは週刊現代に書評を書いたばかりである。既発のものだからブログで再録してもいいだろう。


290頁の本ですけど、読み出して十数秒後には物語の中に引きずり込まれて、「あれよあれよ」という間に100頁まで一気読みしてしまいました。さすがにそこまで読んだところで本から顔を上げて、ようやく「ふう」と息をつきました。なんというドライブ感。高橋源一郎にしか書けないタイプの疾走感のある文章です。知り合いの編集者が「太宰治みたい」と読後の印象を語っていたけれど、たしかにその通り。どういう条件が整うと、作家はこれほどまでに「疾走感のある文章」を書けるのか。息継ぎのついでに、先を読むのを止めてそれについて考えました。小説はこんなふうに始まります。
「キイちゃんは一歳半になりました。でも、ことばが遅い。ことばの発達が遅れている。ああ、この言い方でいいんでしょうか。『ことばが遅い』とか『ことばの発達が遅れている』とか。でも、いいや。間違っていても。それより、キイちゃんのことばの発達のことが心配です。」
高橋さんの文体のギヤは「ああ」で二速に入り、「でも」で三速に入り、「それより」で「トップギヤ」に入ります。三行でトップスピード。すごい。太宰の「死なうと思ってゐた」とか「子供より親が大事と思いたい」の「一行目からトップギヤ」というワールドレコードにはちょっと届きませんけど、現代作家たちの「ゼロヨン競争」があったら、間違いなく高橋源一郎がぶっちぎりのチャンピオンでしょう。
ゼロヨン超高速で言葉が紡がれるためには先行的な「プラン」は不要です。「プラン」があれば、まっすぐ目的地に向かえるから、文体は速度を獲得するだろうと考えるのは間違い。この文体の速度は、崖から滑り落ちてゆく人間が手に触れる限りのでっぱりやくぼみや木の根や蔦に指を絡めようとする運動の速さに近いです。どこに落ちてゆくのかわからないまま、必死で崖面を探っている「落下者」の指先は「つかめるもの」と「つかめないもの」を触れた瞬間に判断します。その敏感な指先が選び出した「ホールド」となりうる言葉だけが小説を構成したとしたら、そこには無駄な言葉が一つもない小説が出現することになる。理論的にはそうですね。たぶん高橋さんは「そういう小説」を書こうとしたのだと思います。
そのためには、作家その人を今まさに呑み込もうとしている「メエルシュトレエム」に飛び込んでみせなければならない。高橋さんが選んだ大渦は「悪」でした。そして、そこに巻き込まれるのは高橋さんの物語的分身ではなく、「子ども」です。経験知の不足している「子ども」の見る「地獄」の風景はたぶん大人が経巡るときよりもずっと生々しいものになります。その物語の結構から言うと、本作は『ハックルベリー・フィンの冒険』とや『ライ麦畑のキャッチャー』の直系につらなるものかも知れません。
「愛」は「悪」を制御することができるか(「勝てるか」とは言いません)。それは高橋源一郎の全作品に伏流する神話的な主題ですが、それがここまで真率に提示されたものを読むのはひさしぶりのことです。

ほかに例としてあげたのは、村上龍『69 sixty nine』、織田作之助『夫婦善哉』、中島敦『名人伝』、夏目漱石『草枕』。そして決定版がこれ。

「撰ばれてあることの
恍惚と不安
二つわれにあり
ヴェルレエヌ
死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉である。着物の布地は麻であつた。鼠色のこまかい縞目が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。
ノラもまた考えた。廊下へ出てうしろの扉をばたんとしめたときに考えた。帰ろうかしら。」

これは小説の「イントロ」としては近代文学史の達成のひとつであろう。(個人的趣味を言わせてもらえば、やはりこれは旧仮名遣いで「死なうと思つてゐた」としたいところだけれど)

授業は『「悪」と戦う』のイントロと『晩年』のイントロが構造的にきわめて近いという論件から始まった。
どこが似ているのか。
それについては各自、もう一度二作を読み比べて(ただし高橋さんの本の方はもう二頁ほど先まで)、お考えいただきたいと思う。

私の考えでは共通点は二つ。
一つは「他人の言葉」がいきなり闖入してくること。
一つは「墜落する」、である。

2010年06月05日 論争にについて (内田樹の研究室から転載しています)

論争について



ある月刊誌から上野千鶴子と対談して、「おひとりさま」問題について議論してくださいというご依頼があった。
上野さんと対談してくれという依頼はこれまでも何度もあった。
どれもお断りした。




繰り返し書いているように、私は論争というものを好まないからである。
論争というのはそこに加わる人に論敵を「最低の鞍部」で超えることを戦術上要求する。
それは「脊髄反射的」な攻撃性を備えた人間にとってはそれほどむずかしいことではない。
あらゆる論件についてほれぼれするほどスマートに論敵を「超えて」しまう種類の知的能力というものを備えている人は現にいる(村上春樹は『ねじまき鳥クロニクル』でそのような人物の容貌を活写したことがある)。




それは速く走れるとか高く飛び上がれるとかいうのと同じように、例外的な才能である。
でも、そのような才能を評価する習慣を私はずいぶん前に捨てた。
そのような能力はその素質に恵まれた人自身も、周囲の人もそれほど幸福にしないことがわかったからである。




それだけの資質があれば、それをもっと違うことに使う方が「世の中のため」だろうと思う。
論争におけるマナーについて高橋源一郎さんがツイッターに書いていた。私は高橋さんの提言に100%賛成である。ここに採録しておきたいと思う。






いまからツイートするのは、ぼくが「政治的アクション・政治的言論」に関して原則とすべき、と考えていることです。それは政治的事件や政策への批判、なんらかの提案、具体的な行動、等々、政治に関する関わりのすべてを含む政治的アクションを起こすにあたって、 守るべきことと考えているものです。
原則1・「批判」は「対案」を抱いて臨むべし……政治的問題を批判する時、単なる批判ではなく、なんらかの 「対案」を抱いてからあたるべきです。「××の〇〇という政策は愚か」ではなく「××の〇〇という政策で、△△は評価に値するが、□□は▲▲へ代替すべき」という語法で語るべきです。
原則2・「対案」は「原理的」「現実的」「応急」「思いつき」のいずれでも良し……政治的問題に「正解」はありません。ただ「最適解」が存在するだけです。必要なのは、「最適解」に至る材料を提出することです。「言わない」ことがいちばんまずいのです。なぜ、 批判だけするのか。
原則2続・ぼくたちが「批判」だけして、「対案」を出さないのは、自分もまた「正解」を知らない、と思って いるからです。「どこかに正解がある」と学校教育は教えます。けれど、政治的イッシューに「正解」などないのです。だからこそ、なんでも「言ってみる」べきなのです。
原則3・「自分の意見」は変わるべし…「対案」として「自分の意見」を提出しても、固執する必要はありません。というか、よりましな意見を目にしたら、「即座に変える」べきだとぼくは考えます。なぜなら、「対案」もまた「叩き台」にすぎないからです。一人より 複数の智恵を参考にすべきです。
原則4・「対立する相手」の意見にこそ耳をかたむけるべし…もっとも本質的な批判は、対立者からのものです。だから、その意見にこそ耳をかたむけなければなりません。同調者や支持者の意見は、耳に優しいものですが、自分の「対案」を、「よりまし」にする力にはならないからです。
原則5・「寛容」をもって臨むべし……「対立」する意見を持つ「対立者」を「敵」と考えてはなりません。 「対立者」もまた、同じこの共同体を構成する、かけがえのない成員なのですから。だから、「非国民」「売国奴」「愚か者」のような言葉を決して使ってはなりません。
ぼくがこのような原則を採用している理由は、60年代から70年にかけて、政治運動に参加していた時、この原則を採用できず、悲惨な結果を招いたことがあったからです。以後、ぼくは、これらを守るべき原則と考えるようになったのです。







私は高橋さんのこの原則を支持する。
その原則を適用するからこそ「論争」を望まないのである。
上野さんと私の対立点は「共同体」構想をめぐってのものである。
どのような共同体が望ましいかについての私たちの考えはずいぶん違う。
私は親族共同体をベースに考え、上野さんは親族を離れた個人をベースに考えている。
分岐する理由は私にはよくわかる。




個人ベースの共同体論は「豊かで安全な社会」に適している。親族ベースの共同体論は「豊かでも安全でもない社会」に適している。
理論そのものに当否があるのではない。
私と上野さんでは、社会状況の変化についての見通しがいささか違うだけである。
私は今の日本は「それほど豊かでも安全でもない社会」に(ゆっくりとではあるが)移行しつつあると考えている。




でも、これは「未来予測」であるから、私が正しい予測を立てているかどうかは今の段階ではわからない。時間が経たないとわからない。でも、時間が経てば誰にでもわかる。
時間が経たないとわからないことについて、今ここでその予測の適否を論じてもしかたがない。
適否を論じる暇があったら、とりあえず「あまり豊かでも安全でもない社会」でも生き延びられるように自分なりの備えをしておく方が時間の使い方としては合理的だろうと私は思う。
私自身はそのための「備え」をだいぶ前から始めている。




血縁地縁ベースの相互扶助共同体の構築である。
私はそれを自分の時間とお金をつかって行っている。
「行政が主導すべきだ」とも思わないし、そのような企てに公的な支援をしろと要求する気もないし、範例的な共同体としてメディアに報道してくれと言う気もない。
やりたいからやっているだけである。




他の人にも「私のようにしなさい」と言う筋のものではない。
私と同じような見通しに立って、相互扶助相互支援のための共同体の構築を始めている人はすでに日本中にたくさんいるだろうと思う。
その人たちといずれどこかで出会えばゆるやかな結びつきをもつことがあるかもしれない。ないかもしれない。




私は「自分の旗」を掲げて、「私の考えに同意してくださる方」へ連帯の挨拶を送るだけである。
そのために毎日大量の文章を書いている。
こういう進め方しか私には思いつかない。
その理由は高橋さんと同じである。

2010.06.05  もうひとことだけ  (内田樹の研究室から転載しています)

2010.06.05

もうひとことだけ


朝刊を読んだら、菅直人新首相について「期待する」という社説が掲げてあった。
その理由として市民運動出身であり、ポリティカル・ファミリーの出身でなく、自民党員だったことがないことが挙げてあった。
そして、新首相に課せられた最優先の政治課題は「小沢一郎の影響力を払拭すること」だと書かれていた。
私はこの説明を読んで、考え込んでしまった。


こういうことを「統治者としてのアドバンテージ」としてよろしいのであろうか。
「市民運動をしたことがなくて、ポリティカル・ファミリーの出身で、自民党員だったことがある」前首相との対比で、そのアドバンテージを強調したかった論説委員の気持ちは理解できるが、私はこの記事を読んで深い徒労感を覚えた。
もう何度も書いていることだが、私たちの国が陥っている窮状は構造的なものであり、つよい惰性をもっている。


日本の不調を統治者個人の属人的な能力で説明することには限界があるし、その人がどのような政治的キャリアであるかということと彼がこれから行う政治的選択の適否のあいだにも十分な相関関係はない。


メディアや政治学者の仕事はなによりもまず、統治者に意志があれば実現可能であるのは「どこまで」で、どこから後は個人的な善意や願望だけでは簡単には実現しない構造的な問題であるか、その境界をあきらかにすることではないのか。
統治者を評価するときには、まず「意志があれば実現可能」である政治課題の成否について吟味し、「善意や願望だけではどうにもならない」構造的な問題についての評価は「別のスケール」で考量すべきだろう。


けれども今のメディア知識人たちにはあきらかにそのようなスケールの使い分けをする能力が欠如している。
彼らの今回のできごとについての総括は失政の責任は「鳩山由紀夫」という個人の無能に帰し、新政権のまずなすべきことを「小沢一郎」という個人の排除だとしている。
だが、前政権が露呈させたのは、「日本は主権国家ではない」という「根源的事実」と、官僚とメディアがその事実を組織的に隠蔽してきたという「派生的事実」である。
このどちらのイシューについてもメディアはまったく論じる気がないようである。


アメリカの一友人に書いたことをもう一度採録する。私はこう書いた。
「ご存知のように、普天間基地問題について、日本のメディアはアメリカの東アジア軍略についても、日本領土に基地があることの必然性についても、ほとんど言及していません。彼らは鳩山首相の『弱さ』だけにフォーカスしています。彼らは首相を別の人間に置き換えさえすれば、私たちはまたこの問題をハンドルできるようになる、そう言いたいのです。
普天間問題はなによりも国内問題である、と。


日本人がアメリカ人と向きあうときに感じる『弱さ』はこの『想像的な』主権によって代償されています。私たちはアメリカとのあいだにはどのような外交的不一致もない。すべての混乱は日本国内的な対立関係が引き起こしているのだ。そのようにして、私たちは私たちに敗戦の苦い味を私たちに思い出させるアメリカ人をそのつど私たちの脳から厄介払いしているのです。」


今朝の紙面の政治記事のほとんどは政局にかかわるものであった。
それはメディアの「日本がかかえるすべての問題は国内問題である」という信憑(というよりは欲望)をはしなくも露呈していたと私は思う。